Dancing in the Yellow
雨の中を彷徨っていた。
幾重に織り重なり垂れ込めた雲はその身と手を広げて山々に降り注ぐのだろう。地に降り立った子供たちはやがて身を寄せ合い集まって、川となり流れに導かれて街へ注いでゆく。
私もまた、そんな流れに引き摺られ、どこからか流れ着いたようだった。
説明しがたいことは、あまりにも多い。一体、何者が私に、霙混じりの雨と雑踏の靴音の中に、夕刻の木漏れ日を浴びて長い髪を揺らしながら、ふと森の木々を見上げた玲子の「ああ、今年も青桐の一葉が落ちて秋が来る頃になったのね」と言った言葉と、あの柔らかだった笑みを思い起こさせるのだろう。
万木の森は、その時すでに知っていたのだろうか。もはやどこを彷徨い這いずって、泥の中に溶ける人形のようになり果てた私の、この場所に至り、なお行く末も見通せなくなった洞穴のような眼には何者をも導きにならず、どこへ流れゆくのかもわからなかった。
ただ雨の中を彷徨っていた。
いつの間に土と落ち葉だった足元も絶えて、無機質なアスファルトが私の踵を叩いていた。市街を行き交う人々は雨の冷たさに打たれ、一様に傘の下で顔をうつむかせている。一人、雨降りの慣例に離れ傍観者となっていた私には、それが薄布で面を覆い隠す色彩豊かな黒子が交差点を行き交う様に見えた。
車輪の音もないのに、律儀にも人々は交差点のシグナルに従っていた。白線の手前に横列を作り次々に人と布の塊たちが並んでいく。あっという間に交差点の前は人間でごった返し、その中に私も飲み込まれた。
ここにきて私は少しだけ意識を取り戻した。同時に、次に頭上に掲げられた青と赤の光が互いの色を交換した時、私はまた無気力にも流れに引き摺られていく自身の無様を予感した。傘を差す気力もなく、雨に濡れる苦痛すら忘れたその男の姿は奇異であったろう。しかし、この場所に偶然にも形成された運命共同体は、そんな私の存在さえ許容し、共に歩くことを強制する。
私は愚かさを呪った。この流れに引き摺られ、彷徨い続けることを、あるいは望まれたことだとでもいうのだろうか。骨身を泥のように溶かし、それを適当な誰かに責任を押し付けて、何を得ようというのか。
笑ってくれ、大いに、侮蔑の眼と共に―――
盆の覆水を傾けたように、予想通りの流れが生まれた。無言の意志に従う人影は一斉に対岸の同士と包容し、熱いキスを交わそうと駆け出していく。
背を押されるようにして、私もその重い足を引き摺る歩みを踏み出そうとした。
その時、不意に流れに反し、あらぬ方向からやってきた何者かと私はぶつかった。
霙混じりの雨に打たれ、傘もなく、濡れた我が身を顧みない襤褸のようなもの同士。
あれは幻の姿であったのだろうか―――
次のページ
TOPに戻る